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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)1697号 判決

原告

奥川吟香

右訴訟代理人弁護士

上坂明

同右

小野裕樹

同右

金井塚康弘

同右

岸上英二

同右

内海和男

同右

崎岡良一

右訴訟復代理人弁護士

小出一博

被告

日本周遊観光バス株式会社

右代表者代表取締役

杉本敬一

右訴訟代理人弁護士

辻口信良

主文

一  原告は、被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  被告は、原告に対し、金一五〇万五一三二円及び平成五年一月以降、毎月二八日限り、月額金三三万七一四三円の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、第二項につき、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

本件は、被告から諭旨解雇処分を受けた原告が、解雇処分の無効を理由に、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、賃金及び賞与の支払を求めた事案である。

一  当事者間に争いのない事実

1  被告は、観光バス四〇台を所有し、従業員約七〇名(運転手三九名、バスガイド約一〇名を含む。)を使用して観光バスの運送事業を営む株式会社であり、大阪府摂津市に大阪営業所(以下「営業所」という。)を有している。

原告は、昭和六〇年六月一〇日、被告に雇用され、観光バスの運転手として、右営業所に勤務していた。

2  被告には、全国自動車交通総連合会に属する日本周遊観光労働組合(平成四年二月時点で、組合員は、運転手三一名、バスガイド全員。以下「自交総連」という。)と、全国自動車交通労働組合連合会に属する全自交日本周遊観光バス労働組合(平成四年二月時点で、組合員は運転手四名。以下「全自交」という。)とがあり、原告は、全自交の副委員長の地位にあった。

3  被告の就業規則によれば、以下のように規定している。

第一〇九条 従業員が次の各号の一に該当する行為をしたときは、其の軽重に応じ諭旨解雇、役位剥奪又は降転職、出勤停止、減給等の制裁をする。

一、会社の名誉、信用を失墜せしめる行為をしたとき。

四、所属長の許可なく濫に長時間職場を離れたとき。

五、正当な理由なく無断欠勤し業務の命に応じなかったとき。

一〇、会社の指示命令に反し乗客と争いを起して会社に不利益を招いたとき。

一二、虚偽の届出をして不当に給与を受けたとき。

一三、職務に関し濫に会社の関係先より金品の贈与を受け、又は酒食の供応を受けたとき。

一四、会社の風紀を害し又は秩序を乱したとき。

一五、正当な事由がなく会社の承認を得ないで所定労働時間を超えて労働したとき。

第一〇七条 制裁は次の七種とし損害賠償、謹慎、乗務禁止の他、左の各号の一又は二を併科することがある。

六、諭旨解雇 退職願を提出するように勧告し、応じないときは予告期間又は予告手当を支給して解雇する。

七、懲戒解雇 予告することなく即時解雇する。ただし、労基法に定めた手続を経てこれを行う。

第一一三条 従業員の制裁について従業員代表又は組合代表により苦情の申し立てがあったときは制裁に関する賞罰委員会の審査に付するものとする。

二、前項の委員会は会社及び組合双方により各五名以内の委員を任命し、各三名以上の委員の出席をもって成立する。

4 被告は、後記被告の主張11の事件を契機として、平成四年一一月五日原告から事情を聴取し、原告を自宅待機処分にしたところ、全自交の上部団体である全国自動車交通労働組合連合会大阪地連が苦情を申し立てたことから、就業規則一一三条に基づき、同年一二月一日賞罰委員会を開催した。この賞罰委員会の組合側委員は、原告の所属する全自交の組合員ではなく、自交総連の組合員であった。

被告は、平成四年一二月一五日、原告に対し、同月一四日付けで諭旨解雇処分(以下「本件解雇」という。)にする旨を通知したが、その際、予告手当の支給をしなかった。そこで、被告は、平成五年六月五日、口頭で原告に予告手当の提供を行い、同月一〇日それを供託した。

5 被告において、賃金は、毎月二〇日締め、毎月二八日支払である。原告の本件解雇前三ヶ月間の平均賃金は、月額三三万七一四三円である。被告は、平成四年一二月二八日、原告に対し、同月一四日までの賃金を支払ったのみで、同月一五日から同月二〇日までの賃金六万七四二八円及びそれ以降の賃金の支払をしない。

また、被告は、原告の所属する全自交との間で年間賞与に関する協定を締結しているが、被告は、右協定に基づき原告に支払うべき平成四年一二月の年末賞与五〇万一五二〇円、同五年七月の夏季賞与四二万六一六八円、同五年一二月の年末賞与五一万〇〇一六円の支払をしない。

二 被告の主張

原告には、就業規則一〇九条各号に該当する事由が存在するから、本件解雇は有効である。

1  原告は、昭和六二年七月二八日、東名高速道路上郷サービスエリアでのバスの交代勤務に際し、名古屋で上郷行きのバスに乗り遅れ交代勤務に遅れたが、これは、就業規則一〇九条四号、一四号に該当する。

2  原告は、平成元年一二月一二日、営業所の運行管理課窓口において、同僚の伊藤昭一(以下「伊藤」という。)が道路公団通行証を窓口に返還した際、伊藤と喧嘩になり、伊藤に暴行を加えて加療五日間の傷害を与えたが、これは、同条一四号に該当する。

3  原告は、時間外労働につき、別紙のように出庫時間ないし入庫時間について虚偽の届出をし、時間外賃金の不正請求を行ったが、これは、同条一二号に該当する。

4  原告は、平成二年八月五日から八日、同年一一月一七日から一八日、平成三年七月一三日から一五日、同年八月一五日から一八日、平成四年五月三日から五日、同年七月二七日から二八日の六回、霊友会の乗務に就かなかったが、これは、霊友会の場合、チップ(祝儀)が期待できないことから意図的に乗務を忌避しているためで、同条五号に該当する。

5  原告は、平成四年一月二三日、先輩であり、また年長者でもある小野信一(以下「小野」という。)に対し、挑発的な態度をとり、小野と喧嘩したが、これは、同条一四号に該当する。

6  原告は、平成四年三月三日から、志賀高原へのスキーバスの乗務に就いたが、その際、会社の同僚との同室を嫌い、宿泊先である沓野金栄旅館(以下「金栄旅館」という。)に対し、被告の許可なく部屋替えを強要した。これは、同条一号、一三号に該当する。

7  原告は、平成四年三月二九日、宿泊費を二重に請求した疑惑があり、これは、同条一号、一二号に該当する。

8  原告は、平成四年六月五日、乗務先の料亭で昼食をとった際、座席が満席であったため、料亭から席を譲るよう要請されたにもかかわらず、これを無視して食事を続けたが、これは、同条一号、一三号に該当する。

9  原告は、平成四年七月一四日、東京の八王子から帰阪するに際し、中央高速道路ではなく、首都高速道路を経由して東名高速道路により帰阪したが、これは、時間稼ぎのため、わざわざ遠回りしたもので、同条一二号、一五号に該当する。

10  被告の乗務員の間では、乗務員がチップをもらった場合、運転手とガイドの組み合わせのときは、運転手六、ガイド四の割合で、運転手と車掌(ガイドと異なり、乗客に対して観光案内をすることはなく、運転手の補助を主たる仕事とするもの)の組み合わせのときは、金額の如何にかかわらず、車掌が五〇〇円を受け取るというのが慣行になっていた。

原告は、以下のように同僚のチップをピンハネした。これは、同条一四号に該当する。

(一) 原告は、ガイドの川井聡子(以下「川井」という。)とともに、平成三年一月一三日から一四日にかけて大盛観光パラダイスの一泊乗務に就いたが、その際、添乗員からチップを受け取ったにもかかわらず、川井に対し、チップを受け取っていないと偽って領得し、川井の分のチップを渡さなかった。

(二) 原告は、平成三年三月三日、ガイドの福本多美子(以下「福本」という。)とともに、柳木を守る会の団体二台組の日帰り乗務に就いたが、その際、原告乗務のバスにつき、運転手とガイドに三〇〇〇円のチップがあったにもかかわらず、原告は、これを自らの収入として全額を領得し、福本にチップ一二〇〇円を渡さなかった。

なお、他の一台のバスに対しては、三〇〇〇円のチップが交付されており、運転手一八〇〇円、ガイド一二〇〇円で分割取得された。

(三) 原告は、平成三年一〇月二七日、車掌の竹内幸子(以下「竹内」という。)とともに、中川機械工業株式会社の団体二台組の日帰り乗務に就き、幹事から、二台のバスの各運転手と各車掌のために、各五〇〇〇円同封の祝儀袋四通を受け取ったが、自己の祝儀袋に五〇〇〇円が入っていたのに、入っていなかったと虚偽の事実を述べて、結局、竹内から、同人の受け取ったチップ五〇〇〇円を交付させて、これを取得した。

(四) 原告は、平成四年九月二八日から四国、岡山、京都方面に二泊三日の予定で、運転手の長友幸男(以下「長友」という。)とともにMMという勤務形態(二人の運転手が一台のバスに乗車し、交代で運転するもの)で乗務に就いたが、同月二九日、添乗員から一万五〇〇〇円のチップを受け取ったにもかかわらず、長友に一万二〇〇〇円しかもらわなかったといって六〇〇〇円しか渡さず、結局、原告は、一五〇〇円を領得した。

11  原告は、平成四年一〇月二六日から二七日にかけて、車掌の藤井恵美子(以下「藤井」という。)とともに、高松方面への一泊乗務に就いたが、その際、添乗員にチップを強要して、これを取得した上、藤井に渡すべきチップをピンハネし、かつ、添乗員に食事代を強要するなどしたが、これは、同条一〇号に該当する。

12  以上のとおり、原告には、就業規則一〇九条各号に該当する事由があるので、本来なら、原告を懲戒解雇処分とすべきところ、被告は、原告の将来を考慮し、温情をもって本件処分に止めたのである。したがって、本件処分は有効なものである。

三 原告の主張

(解雇事由に対する認否・反論)

1  被告の主張1は認める。原告が上郷行きのバスに乗り遅れたのは、名古屋で会社の先輩日高から食事に誘われたためで、これについては、原告は、出勤停止五日間の処分を受けた。

2  同2は否認する。

3  同3のうち、原告が別紙〈略〉のように出庫時間ないし入庫時間を届け出たことは認め、その余は否認する。

4  同4のうち、原告が被告主張の年月日に霊友会の乗務に就かなかったことは認め、その余は否認する。いずれの休暇も、有給休暇を取ったものである。

5  同5は否認する。原告は、小野から一方的に暴力を受け、頸部捻挫による加療五日間の傷害を負った。

6  同6のうち、原告が同僚との同室を嫌い、被告の許可なく部屋替えを強要したとの点は否認し、その余は認める。

7  同7及び8はいずれも否認する。

8  同9のうち、原告が時間稼ぎのためわざわざ遠回りしたとの点は否認し、その余は認める。

9  同10のうち、チップについて被告が主張するような慣行が乗務員の間に存することは認め、その余は否認ないし争う。

(一) 同(一)のうち、原告が被告主張の年月日に川井とともに乗務に就いたことは認め、その余は否認する。

(二) 同(二)のうち、原告が被告主張の年月日に福本とともに乗務に就いたことは認め、その余は否認する。

(三) 同(三)のうち、原告が被告主張の年月日に竹内とともに乗務に就いたこと、祝儀袋にチップが入っていなかったと言ったことは認め、その余は否認する。

(四) 同(四)のうち、添乗員から一万五〇〇〇円のチップを受領したとの点は否認し、その余は認める。原告が添乗員から受領したチップは、一万二〇〇〇円であった。

10  同11のうち、原告が被告主張の年月日に藤井とともに高松方面の一泊乗務に就いたことは認め、その余は否認する。

11  同12は否認ないし争う。

(本件解雇の無効)

被告は、本件解雇に際し、何ら予告手当を支給せず、また、賞罰委員会も全自交と対立する自交総連の組合役員が参加して開催されたもので、手続の適正を欠いているから、本件解雇は無効である。

(不当労働行為)

全自交は、原告を含めて四名(本件解雇当時は三名)の少数組合で、従来から被告に対し、配車地についての配車や車掌・ガイドの安全及び接客態度についての教育などを強く求めていたが、被告は、全自交の右活動を嫌悪し、これを弱体化させる目的で、本件解雇を行ったものである。

(解雇権の濫用)

仮に、被告主張の解雇事由が認められるとしても、本件解雇により原告は職場と生活の手段を失うことになり、しかも、従来このようなことを理由に諭旨解雇になった実例がないことからすると、本件解雇は、懲戒権の濫用に当たる。

四 被告の反論

(手続の適正について)

被告は、本件解雇の通知と同時期に、原告の委任を受けた全自交に対し、口頭で解雇予告手当及び退職金の提供を行ったが、原告から具体的な請求がなかったため、平成五年六月一〇日、右金員を供託した。

また、全自交の長浜二郎委員長は、原告と協議して、平成四年一一月九日、被告の営業所所長播磨永雄(以下「播磨所長」という。)に対し、「この件について、すべて全国自動車交通労働組合連合会に委任する。」と口頭で通知した。そこで、播磨所長は、右連合会に対し賞罰委員会の開催を申し入れたが、右連合会は、「裁判で争う。」としか回答せず、賞罰委員会への出席を放棄したことから、被告は、処分の公平を確保するため、同じ従業員の立場にある自交総連の組合員の出席を得て賞罰委員会を開催した。

したがって、本件解雇手続に何ら瑕疵はない。

(不当労働行為の主張について)

否認ないし争う。本件は、原告の就業規則違反の各行為に対して措置したものである。

(解雇権の濫用について)

原告の就業規則違反の各行為は、本来、懲戒解雇に相当するものである。したがって、本件解雇さえも認められないとは到底考えられない。

五 争点

1  原告に、就業規則一〇九条に該当する事由があるか。

2  本件解雇は、解雇権の濫用に該当するか。

3  本件解雇は、不当労働行為に該当するか。

4  本件解雇は、手続に瑕疵があり、無効か。

第三争点に対する判断

一  解雇事由の存否について

1  交代勤務に遅れたことについて

原告は、昭和六二年七月二八日、上郷サービスエリアでのバスの交代勤務に際し、名古屋で上郷行きのバスに乗り遅れ交代勤務に遅れたが、これについて、既に、被告から出勤停止五日間の処分を受けているのであるから(争いなし)、この事実自体を本件解雇の解雇事由とすることは、原告に対する二重処分となるので、違法として、許されないというべきである。したがって、右事実をもって独立の解雇事由とすることはできない。

2  伊藤との喧嘩について

(一) (証拠・人証略)及び原告本人によれば、平成二年一二月二一日午前八時ころ、原告が被告の営業所運行管理課窓口で同課の田中利之と話をしていた際、伊藤が、原告の頭ごしに、道路公団通行証を運行管理課の窓口に返還したことから、原告と伊藤とが口論となり、更にもみ合いとなって、原告が伊藤の左肩を押して転倒させ、伊藤に加療五日の傷害を負わせたこと、なお、その際、被告は、今後の乗務に支障が生じないようにするため、両名に話し合いの機会を設けさせたところ、両名の間で一応の解決を見たことから、この件について両名を処分することなく、社長を通じて両名に注意を与えるにとどまったことを認めることができる。

これに対し、原告は、伊藤と口論になった時、外で話をしようと自家用車を取りに行き、戻ってくると、伊藤が服に砂を付けていたのであり、伊藤に対して何ら暴行を加えていないと主張し、(証拠略)及び原告本人によれば、右主張に沿う記載及び供述がなされている。しかし、原告の主張内容は、事件の経過から見て極めて不自然で、その信用性に疑問があり、これを採用することはできない。

(二) 右事実によれば、原告は、伊藤と口論し、もみ合いとなって暴行を加え、伊藤に傷害を負わせたのであるから、原告の右行為は、就業規則一〇九条一四号にいう「会社の風紀を害し又は秩序を乱したとき」に該当するというべきである。

3  割増賃金の不正請求について

(一) (証拠・人証略)及び原告本人によれば、以下の事実を認めることができる。

(1) 乗務員は、乗務の前日に掲示される配車表(各乗務員ごとに出勤時間を明記した一覧表)に記載された時間に被告の営業所に出勤し、タイムカードに打刻後、貸し切りバス運行指示書を書類棚から取り出し、そこに記載されたバスに乗車して、タコメーターにチャート紙を取り付け、乗務記録に年月日、車番、出庫時間、団体名、行き先、乗務員の氏名などの所定事項を記入し、仕上げ点検をした上、運行管理課窓口で点呼を受けた後、出庫する。また、一日の乗務が終わって、被告営業所に戻ると、一〇分から一五分かけてバスにガソリンを補給し、バスを所定の駐車位置に止めた後、乗務記録に走行距離などの所定事項を記入し、タコメーターからチャート紙を取り出して乗務員の氏名、入庫時間などを記入し、運行指示書、乗務記録、チャート紙を運行課窓口に提出してタイムカードに打刻する。

これに対し、泊まりの乗務の場合、宿泊先の駐車場にバスを止め、乗務記録に宿泊先の旅館名などの所定事項を記入し、タコメーターからチャート紙を取り出して、乗務員の氏名、入庫時間などを記入する。そして、翌日は、幹事や添乗員から指示された出発時間の三〇分前までに出発場所へ行き、待機する。

(2) 運転手がタコメーターにチャート紙を取り付けると、チャート紙への記録が開始し、バスを運転することによってタコメーターの針が上下し、その動きがチャート紙に記録される。これに対し、バスを運転しないとタコメーターの針は上下せず、チャート紙には実線が記録されるだけである。また、バスを運転しても、時速五キロメートル以下の場合や後退する場合も、針は上下せず、チャート紙に実線が記録されるだけである。そして、タコメーターからチャート紙を取り出すと、チャート紙への記録が終了する。

(3) 被告は、平成元年ころ自交総連との取り決めにより(なお、当時はまだ全自交は結成されていなかった。)、乗務記録に記載された入庫時間から三〇分、泊まりの場合は入庫時間から一時間、残業したものと認めて割増賃金を支払っていた。これは、バスを駐車場に入庫させた後も、バスの清掃や車内清掃を行う必要があるためである。

なお、入庫時間の記入について、端数が五分以上の場合は切上げて記入することが認められている。

(4) 乗務記録の出庫時間・入庫時間の記載につき、被告は、バスを運転して針が上下した時を出庫時間として、バスの運転を止めて針が上下しなくなった時を入庫時間として記載すべきと考えていた。

これに対し、原告は、被告の営業所に戻る場合も泊まりの場合も、バスを駐車場に止め、乗務記録を書き終えた時を入庫時間として記載し、出庫時間についても、被告の営業所から出庫する場合は被告から指定されている出庫時間を、泊まりの場合は幹事あるいは添乗員に指示された出発時間の三〇分前を、出庫時間として記載していた。

(5) このように原告と被告とで、出庫時間・入庫時間の記載方法に食い違いがあったことから、被告は、原告の乗務記録の記載の方法を確認するため、平成二年一二月一一日、被告営業所の総務課長阪本義明(以下「阪本」という。)が原告を呼んでその点を確かめ、注意を与えた。

もっとも、原告は、この時阪本から注意を受けたという認識がなく、それ以後も前記の方法で乗務記録を記載し、被告も原告の乗務記録を前提に賃金を支払っていた。

(二) この点、被告は、原告に割増賃金の不正請求があったと主張する。

しかし、前記認定事実によれば、バスを運転することによってタコメーターの針が上下するのであるから、この時点を出庫時間・入庫時間として記載するというのは不自然であって、むしろ、原告の行っていた記載の方が、前記認定のバス乗務の実態に沿い、かつ、入庫後に一定時間の残業を認めている趣旨にも合致しているといえる余地もある。

また、前記認定のように、被告は、原告に乗務記録の記載方法を改めるよう指導したにもかかわらず、その後も、原告の記載方法に大きな変化はなく、しかも、被告は、原告の記載したところに従って賃金を支給していたのであるから、被告は、原告の記載方法を許容していたともいえる。

してみると、被告において、原告ら乗務員が被告の主張するような形で乗務記録を記載していたかどうかには疑問があり、原告の乗務記録の記載が、割増賃金の不正請求であるとまではいえず、他に右事実を認めるに足る証拠はない。したがって、この点をもって、解雇事由とすることはできない。

4  霊友会乗務の忌避について

(一) (証拠・人証略)及び原告本人によれば、被告において、霊友会の送迎の乗務は年間を通じてあり、被告の乗務員は、いつごろ霊友会の乗務が入るか推測できること、霊友会の乗務では、他の乗務に比べチップが少ないものの一人一回三〇〇〇円のチップが出ること、被告では、前日の夕刻に配車表を張り出して乗務の概要を乗務員に知らせているため、前日の夕刻にならなければ、乗務員は、どの乗務に就くかがわからないこと、被告の乗務員の間では、原告が霊友会の乗務を拒否しているとの噂があったことが認められる。

また、原告は、平成二年八月五日から八日、同年一一月一七日から一八日、同三年七月一三日から一五日、同年八月一五日から一八日、同四年五月三日から五日、同年七月二七日から二八日の六回、有給休暇を取って休んだため、霊友会の乗務についていない(争いなし)が、他方、平成二年から同四年九月にかけて合計一四回霊友会の乗務に就いた(〈証拠略〉)。

(二) 右事実からすると、原告が霊友会の乗務を意図的に忌避したかどうか断定するに足る証拠はないし、仮に、原告が意図的に右乗務を忌避したとしても、原告は、正当に有給休暇請求権を行使して、休暇を取って休んでいるのであるし、その際、被告が右有給休暇請求に対し時季変更権を行使して、右乗務に付くよう命じた事実もないのであるから、原告の右行為は、就業規則一〇九条五号の「正当な理由なく無断欠勤し業務の命に応じなかったとき」に当たるとはいえない。したがって、この点をもって、解雇事由とすることはできない。

5  小野との喧嘩について

(一) (証拠略)及び原告本人によれば、以下の事実を認めることができる。

原告は、平成四年一月二三日午前六時すぎころ、被告営業所運行管理課窓口で、バスの修理依頼をしていたが、小野が出庫前の点呼をとるため、原告をその場から離れさせるつもりで「点呼や。」と言ったところ、原告は、これを無視するような態度を示し、小野の顔を見つめていた。そのため、原告と小野とは口論になり、いったんその場は収まったものの、点呼終了後、再び口論になり、その際、小野が原告の襟をつかむ暴行を加え、原告に加療五日間を要する頸椎捻挫の傷害を負わせた。被告は、今後の乗務に支障が生じないよう、原告と小野とを和解させ、両名を処分することもなかった。

これに対し、原告は、小野が原告に暴言を浴びせ、一方的に暴行を加えたと主張し、(証拠略)及び原告本人によれば、右主張に沿う記載及び供述が存する。しかし、小野が何の理由もなく原告に対し一方的に暴言を浴びせたり、暴行を加えるというのは極めて不自然であって、右各証拠の信用性には疑問があるから、これを採用することはできない。

(二) 右事実によれば、原告は、小野の暴行により傷害を負うなど被害が大きかったが、職場において、小野との間において、口論をなしたのであって、右口論をなすについては、原告にも非難されるべき事情があるというべきであるから、原告の右行為は、就業規則一〇九条一四号にいう「会社の風紀を害し又は秩序を乱したとき」に該当するというべきである。

6  部屋替えの強要について

(一) 原告は、平成四年三月三日、志賀高原へのスキーバスの乗務に就いた際、金栄旅館に宿泊したが(争いなし)、(証拠・人証略)及び原告本人によれば、更に以下の事実を認定することができる。

原告は、平成四年三月三日の夜から、バス運転手の林得広(以下「林」という。)とともにMMの勤務形態で乗務し、翌三月四日、渋温泉の金栄旅館に宿泊する予定であったが、原告ら乗務員が、志賀高原への乗務に就く際、金栄旅館に宿泊することが多く、この日も、原告、林以外に、被告の乗務員の北村運転手と久原運転手が、金栄旅館に宿泊する予定であった。そのため、金栄旅館は、原告ら四名の乗務員のため一部屋を確保していたが、原告は、右北村運転手らとの相部屋を嫌い、同日の午前中、金栄旅館に対し、電話をなし、部屋を替えてくれるよう申し出た。金栄旅館は、当初、原告の右申出を断ったが、原告は、「もめ事が起こって旅館に迷惑をかけたらいかん。」などと言って、更に部屋替えを求めた。原告と林は、同日午前一一時すぎころ、金栄旅館に着いたが、その日たまたまお客が帰り、一部屋空いたことから、金栄旅館は、原告と林をその部屋に宿泊させた。

これに対し、原告は、宿泊先がわからなかったので被告の営業所に電話して確認したことはあるが、金栄旅館に電話したことはないし、被告の乗務員が金栄旅館に泊まっていたことすら知らなかったのであるから、そのような要求をするはずがないと主張し、(証拠略)及び原告本人によれば、右主張に沿う記載及び供述が存する。しかし、(証拠略)は、その内容が具体的で、何ら不自然なところはないから、その記載内容は信用性が高いのに対し、原告の主張内容を裏付ける十分な証拠はない。また、(証拠略)には、原告が金栄旅館に到着したとき、係りの人から「今一つ部屋が空きましたんで、そちらの方用意してます。」と言われた旨の記載があるが、金栄旅館の係り人(ママ)からこのような発言があったことは、事前に原告が部屋のことについて金栄旅館に申し入れをしていたことを示すもので、前記認定事実を裏付けるものである。したがって、(証拠略)の前記記載及び原告本人の供述を採用することはできない。

(二) 前記認定の事実によれば、原告が個人的理由により宿泊先に対して部屋替えを求めたことは、原告の自己中心的な性格を推認させるものではあるが、これは、格別、非違行為に当たるとまではいえず、この事実をもって就業規則一〇九条一号、一三号に該当するとはいえない。したがって、この点をもって、解雇事由とすることはできない。

7  宿泊費二重請求の疑惑について

被告は、原告が平成四年三月二九日、宿泊費を二重に請求した疑惑があると主張しているが、(証拠略)によっても、被告がそのような疑いを原告に対して持っているというだけであって、原告が宿泊費を二重に請求したことを確定的に認めるに足りる証拠はないから、これをもって解雇事由とすることはできない。

8  昼食の際の無礼な態度について

被告は、原告が料亭で昼食をとった際、料亭から席を譲るよう要請されたにもかかわらずこれを拒否したと主張している。しかし、(証拠・人証略)によれば、この時原告と同席していたガイドの勝岡がそのような話をしていたというだけで、その詳細は必ずしも明らかではない。仮に、右事実が認められるとしても、それは、些細な事柄であって、被告の信用を害するとまでいえず、これをもって就業規則一〇九条一号、一三号所定の解雇事由に当たるということはできない。

9  八王子からの帰阪について

原告は、平成四年七月一四日、八王子から帰阪するに際し、中央高速道路ではなく首都高速道路を経由して東名高速道路により帰阪したが(争いなし)、(証拠・人証略)及び原告本人によれば、更に以下の事実を認めることができる。

原告は、東京都八王子で乗客を降ろした後、空車を大阪まで回送する際、帰阪する道がわからなかったことから、被告営業所に電話をしたところ、総務課の田中が電話に出た。しかし、田中も帰阪する道がわからず、他に道を尋ねる者もいなかったので、わからない旨原告に伝えた。

右認定事実によれば、原告が主張するように原告が被告の指示に従って帰阪したということはできない。

この点、原告が長年、観光バスの運転手として、運転業務に携わってきたことに鑑みるとき、原告が格別の意図もなく、八王子から、中央高速道路を経由することなく、首都高速道路を経由して東名高速道路により帰阪するなどということは認め難く、原告の右行為は、より多くの賃金(特別手当五〇〇〇円)を取得するため、敢えて、わざわざ遠回りをしたといわれても致し方ない面があるということができる。この点、原告は、前記のとおり、田中に対し、電話をした際、他の運転手がどのように帰阪しているかを知るため、田中に領収書を確認してもらったところ、東名高速道路の領収書があるといわれたので、前記の経路を通って帰阪したと述べるが、これを否定する証拠もないので、相当に疑いが残るが、いまだ原告がわざわざ遠回りをしたと断定することもできない。したがって、いまだ原告のこの点の行為が就業規則一〇九条一二号、一五号に該当するということはできない。

10  チップ(祝儀)のピンハネについて

(一) 川井の件について

原告は、ガイドの川井とともに、平成三年一月一三日から一四日にかけて大盛観光パラダイスの一泊乗務に就いた(争いなし)。(証拠略)によれば、この時、川井が添乗員とトラブルを起こしたこと、添乗員は運転手の原告に迷惑をかけたとして、原告に二〇〇〇円を渡したこと、しかしながら、それから一か月くらいして、川井がこのときの添乗員とたまたま会い、添乗員からチップを原告に渡したと聞かされたことを認めることができる。

この点、被告は、原告が川井の分のチップも添乗員から受け取ったと主張し、(証拠略)には、右主張に沿う記載が存する。しかし、前記認定事実のように、この時、川井と添乗員との間にトラブルがあったことからすると、添乗員が川井に対してのみチップを渡さなかったことは十分考えられるし、また、後に川井が添乗員に会ったとき、添乗員は、原告だけにチップを渡したという意味で「チップを原告に渡した」といったと見ることもできるから、これをもって、添乗員が川井に対するチップも原告に渡したということはできず、他に被告主張の事実を認めるに足る証拠はない。したがって、この点をもって、解雇事由とすることはできない。

(二) 福本の件について

原告は、平成三年三月三日、ガイドの福本とともに、柳木を守る会の団体二台組の日帰り乗務に就いたが(争いなし)、(証拠略)によれば、この時もう一台のバスは、運転手の門口義治(以下「門口」という。)とガイドの浜渦はつ子(以下「浜渦」という。)が乗務していたことを認めることができる。

被告は、その際、原告は添乗員から原告乗務のバスの分として、三〇〇〇円のチップが渡されたにもかかわらず、これを全額領得し、福本に対し、同人の受け取るべきチップ一二〇〇円を渡さなかったと主張する。

この点、(証拠略)によれば、原告は、添乗員から三〇〇〇円のチップを受け取りながら、福本に対し、何らの金員を交付していないこと、なお、ガイドの浜鍋は、運転手の門口から、同人が乗務したバスの分としてもらったチップ三〇〇〇円から一二〇〇円を受け取ったことを認めることができる。もっとも、この点、(証拠略)、原告本人は、門口は、チップ三〇〇〇円とタオルを渡されたのに対し、原告は、タオルしか渡されなかったので、被告営業所に戻った後、右三〇〇〇円を運転手各九〇〇円、ガイド各六〇〇円の割合で分配したと述べる。しかしながら、二台のバスで日帰り乗務しながら、添乗員が一台のバスの運転手の門口に対してのみチップ三〇〇〇円とタオルを渡しながら、原告に対してタオルのみ渡して、チップを渡さないというのは余りに不自然であって(なお、門口が受け取ったチップ三〇〇〇円がバス二台分に対するものであったと認めるには、その額は、必ずしも多いものではないということができる。)、ありうべきものではない。したがって、前掲(証拠略)の記載及び原告本人の供述は措信し難く、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。

以上によれば、原告は、福本が受け取るべきチップ一二〇〇円を不当に領得したということができる。

(三) 竹内の件について

原告は、平成三年一〇月二七日、車掌の竹内とともに、中川機械工業株式会社の団体二台組の亀岡への日帰り乗務に就いた際、幹事から四名分の祝儀袋四通を受領したが、自己の祝儀袋にチップが入っていなかったと他の乗務員に言った(争いなし)。また、(証拠略)によれば、この時、もう一台のバスには、運転手の長友と車掌の吉田朋子(以下「吉田」という。)が乗務していたことを認めることができる。

(証拠略)によれば、竹内は、原告から、原告と自分の二名分の祝儀袋を受け取り、吉田と二人で各祝儀袋を確認したところ、いずれも五〇〇〇円が入っていたと述べるが、右供述を前提としても、原告が原告と竹内との二名分の祝儀袋を受け取りながら、何故に、原告の分までも、竹内に対し渡したのか疑問があり、また、竹内が吉田と二人で原告の分の祝儀袋についてまで中身を確認したというのも不自然であるともいえるし、加えて、この点の(証拠略)、原告本人に照らしても、措信し難い。

以上によれば、この件につき、原告によるチップのピンハネの事実を認めることはできない。

(四) 長友の件について

原告は、平成四年九月二九日から二泊三日で、四国、岡山、京都方面に長友とともにMMの勤務形態で乗務し、その際、添乗員からチップをもらったが、原告は、もらったチップの額が一万二〇〇〇円であったとして、そのうち六〇〇〇円を長友に渡した(争いなし)。

この点、(証拠・人証略)において、長友は、数カ月前に、原告とMMの勤務形態で乗務した際、原告が添乗員からチップをもらいながら、これをもらわなかったとして、長友に対しチップを渡さなかったことがあったことなどから、原告に対し、かねてより不審の念を抱いていたこと、前記乗務で四国から京都に向かう途中、添乗員から倉敷に寄ってほしいと頼まれたので、原告が被告営業所に問い合わせたところ、被告から、倉敷に立ち寄るのであれば追加料金二万円をもらうよう指示されたにもかかわらず、原告が自己の一存で倉敷に立ち寄ったことから、長友は、原告なら後から個人的に添乗員に二万円を請求しかねないと思い、この点を確認するため、前記乗務の後、乗客を京都のニュー京都ホテルで降ろして、被告営業所に戻った後、自宅(高槻市)に帰らないまま、夜中の一二時過ぎに添乗員の謝秀恵の宿泊する右ホテルを訪ねたところ、右添乗員は、原告から右二万円を請求されたことはないと答えたが、帰り際、右添乗員から、原告に対し、一万五〇〇〇円のチップを渡した旨の事実を聞き及んだと述べる。しかしながら、長友が数カ月前に、原告とMMの勤務形態で乗務した際、原告が添乗員からチップをもらいながら、これをもらわなかったとして、長友に対しチップを渡さなかったことがあったというのも、これを裏付ける証拠はないこと(この点、長友が被告に対し右事実を届け出たことも窺えない。)、また、長友が自己の利害に何ら関係がないのに、わざわざ深夜に京都にまで赴いて、原告が添乗員に対し追加料金二万円を個人的に請求したか否かを確認する必要性があったか疑問があること(逆に、長友は、右用件のためであれば、敢えて、添乗員の宿泊先まで赴くまでもなく、添乗員に対し、電話により確認をなすことによって、十分にその用を足すことが可能であったはずである。)、(人証略)の証言及び弁論の全趣旨によれば、長友は、かねてより、原告に対し、必ずしも良い感情を持っていないことが認められることに加え、この点の(証拠略)、原告本人に照らして、前記の(証拠・人証略)は、いまだ採用し難く、他に原告がチップ一万五〇〇〇円をもらいながら、もらったのが一万二〇〇〇円であるとして、その差額分の二分の一をピンハネしたとの事実を認めるに足りる証拠はない。したがって、この点は、解雇事由とすることはできない。

(五) 以上によれば、被告の主張する原告によるチップのピンハネの事実が認められるのは、(二)の福本の件のみであるということができる。

11  高松方面への乗務の際、チップを強要などしたことについて

(一) 原告は、平成四年一〇月二六日から二七日にかけて、車掌の藤井とともに、高松方面への一泊乗務に就いた(争いなし)が、(証拠・人証略)及び原告本人によれば、更に以下の事実を認めることができる。

(1) 原告は、平成四年一〇月二六日淡路島で昼食をとった際、添乗員に何時の出発か尋ねたところ、添乗員が、午後一時すぎとしか答えなかったので、午後一時一五分ころバスに戻ったが、既に、乗客は乗車して原告が来るのを待っていた。乗客らは、その日高松市内の栗林公園で夕食をとり、宿泊先のホテルに向かったが、一方通行の道路が多かったため、原告は、迂回する形でホテルに向かった。原告は、ホテルに到着して乗客を降ろした後、駐車場に行こうとしたが、駐車場の場所がわからず、しかも、駐車中のバスが横断歩道にかかり、運転席を離れることができなかったため、藤井にフロントで駐車場の場所を聞いてきてほしいと頼んだところ、藤井はこれを拒否し、原告と口論になった。

(2) 原告は、翌二七日、大阪城へ行った後、添乗員から中華料理店へ行くよう言われたので、中華料理店の近くでバスを止め、乗客を降ろした。この時、藤井は、添乗員から夕食代を原告に渡してあると言われたので、原告に夕食代を請求した。しかし、原告は、夕食代など受け取ってなく、また、中華料理店に行ったことが予定されたコースに含まれていなかったため、これらの点について確認しようと、被告営業所に電話すると、播磨所長が電話に出た。播磨所長は、夕食代について特に指示を与えず、中華料理店に行ったことについて追加料金の話をしたことから、原告は、その旨を添乗員に伝えるとともに、藤井の夕食代について尋ねたところ、添乗員は、そのようなことは言っていないと答えたので、後でこの点について三人で話し合いたいと言った。

(3) 原告は、乗客をホテルで降ろした後、夕食代について確かめるため、添乗員が来るのを待っていたが、その時、藤井がバスに備え付けてあるポットの中の水や氷を、ホテルの前に捨てたので注意した。すると、藤井は立腹し、乗務中であるにもかかわらず、バスから降りて帰宅し、途中、被告営業所に電話して、その旨を伝えて被告の了解を得るとともに、原告に嫌がらせを受けたと報告した。藤井が帰った後、添乗員がバスに戻ってきて、原告にチップを一万円渡したが、原告が、夕食代のことを尋ねようとすると、それには答えず、ホテルの中に入っていった。

(4) その後、平成四年一〇月三〇日、今回のツアーの添乗員から、原告に対するクレームを記載したファックス(〈証拠略〉)が被告に送られてきた。

(二) 被告は、原告が添乗員に対してチップを要求したと主張し、(証拠略)によれば、右主張に沿う記載が存する。すなわち、添乗員は、平成四年一〇月二六日の工場参観の際、原告からチップをいくら出すかと聞かれ、八〇〇〇円と答えると、「台湾人の団体はケチである。」と言われたので、自費で二〇〇〇円を加え、一万円を渡した。そして、(証拠・人証略)も、原告がチップを要求したことを右添乗員から聞いたと述べている。

右のチップを要求したとの点については、右ファックス(〈証拠略〉)の内容と(証拠・人証略)の供述を対比するとき、概ね一致し、外国人旅行者の添乗員がわざわざ右の点についての苦情を記したファックス(〈証拠略〉)を送信してきたというのは、よくよくのことであることに鑑みるとき、原告が添乗員に対しチップを要求したとの事実を認める余地もあるということができる。しかしながら、前掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、前記乗務中、原告と添乗員との間において数々のトラブルが発生し、右添乗員は、原告に対し、極めて悪感情を抱くに至っていたこと、藤井も、原告に対し、同様に感情的ともいえる嫌悪感を抱いていることが各認められることに鑑みるとき、藤井が右添乗員の言に符合した形で供述した可能性も否定できないので、右添乗員を尋問にさらすなどして同人の供述の信用性につき検討が加えられるなどしていない本件においては、いまだ原告が添乗員に対しチップを要求したとの事実を確定的に認めることはできないということができる。

(三) また、被告は、原告が車掌のチップをピンハネし、添乗員に食事代を強要したと主張しているが、(証拠略)の各記載、(人証略)の供述に鑑みるとき、右事実を認める余地がなくはないが、原告は、被告営業所に戻った後、受け取ったチップ一万円から、藤井の分として一〇〇〇円を播磨所長に渡したと供述するところ、これを覆す証拠はないので、原告がチップをピンハネしたとの疑いを残しながらも、いまだ確定的に原告がチップをピンハネしたとまでいうことができない。また、原告が添乗員に食事代を強要したとの点も、同様、右事実を認める余地がなくはないが、前記認定のとおり、原告は、藤井から、添乗員が夕食代を原告に渡したと言っていたと聞いたため、添乗員に詳細な説明を求めるべく面談を求めたが、添乗員はこれを回避するなどの態度を取り、原告の求める面談が実現しなかったこと、(証拠略)(藤井の供述録取書)も、藤井が添乗員から、添乗員が原告に対し夕食代を渡したと聞いたか必ずしも断定し難いことに鑑みるとき、右添乗員を尋問にさらすなどして同人の供述の信用性につき検討が加えられるなどしていない本件においては、いまだこれを認めるに足りない。

(四) 以上によれば、この点について、原告につき、解雇事由とすべきものは存しないということができる。

二  以上によれば、原告の伊藤との喧嘩、小野との喧嘩及び原告によるチップのピンハネの各行為が認められ、これらは、就業規則一〇九条に該当するところである。

そこで、これらの事実をもって原告を諭旨解雇処分とすることが相当かどうかを検討する。

1  まず、原告と伊藤との喧嘩は、伊藤にも責任があり、原告のみを非難することはできないし、また、小野との喧嘩についても、小野の責任を否定することもできない。しかも、これらの事件に対する被告の対応も、今後の円滑な乗務を確保するため、事件を穏便に解決しようと、関係者に対する処分はしていない。したがって、原告の右行為が就業規則一〇九条に該当するとしても、原告のみを非難すべきではないということができる。

2  原告が福本の件においてチップをピンハネした行為は、観光バス運行業務が乗務員間(運転手とガイド、運転手と車掌)の共同作業に係るものであることに鑑みるとき、著しく乗務員間の信頼関係を損ない、被告による円滑な乗務態勢の整備に影響を与える行為であって、被告にとって、軽視できないものがあるということができる。また、原告の右行為は、原告のみがチップを独り占めをすることによって、同乗する乗務員の、いわば労働の励みというべき一種の楽しみを不当にも奪うものであって、同乗する乗務員の立場からも、重大である。(人証略)及び弁論の全趣旨によれば、被告会社において、ガイド等の乗務員は、原告がチップを常習的にピンハネしているとの疑いを抱いていたことから、原告との乗務を著しく嫌うなどの状況が生まれていることが認められるが、これは、チップのピンハネによる乗務員間の信頼関係の喪失がもたらす事態の重大性を示すものである。

しかしながら、原告がチップのピンハネ行為をしたのは福本の件のみであり、しかも、その件において原告がピンハネした金額は僅かに一二〇〇円であることに鑑みるとき、前記のチップのピンハネ行為の卑劣さ、悪質さ等を考慮しても、これを理由に、直ちに原告を解雇するというのは、いかにも過酷にすぎるということができる。

以上によれば、原告の右各行為につき、これを総合考慮しても、被告が諭旨解雇をもって処分したのは、重きに失し、相当性を欠くということができるので、本件解雇は、解雇権の濫用として無効であるというべきである。

三  よって、原告の請求は、理由がある。

(裁判長裁判官 中路義彦 裁判官 末吉幹和 裁判官 井上泰人)

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